岡山県津山市の整体・鍼灸 【OKはり灸マッサージ 】腰痛・肩こり・自律神経失調などの症状に
整体・鍼灸・マッサージ
岡山県津山市下高倉西824

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院長より

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ごあいさつ

OKはり灸マッサージは、東洋医学・現代医学・整体学などをベースに多方面の視点に立って、マッサージ・はり灸・整体で、症状の改善を目指した治療院です。

OKはり灸マッサージは、

  • おひとり様ごとの体質・症状・その日の体調に合わせたていねいな施術
  • 症状改善リラクゼーションにこだわった施術

を実践している治療院です。

私は、自身の体調不良から施術家となりました。自己紹介がてら、その経緯などを文章にまとめてみました。宜しければ目を通してみてください。

院長紹介

院長写真
院長 大門 信一郎

はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師
国家資格(厚生労働大臣免許)

国家資格厚生労働省認可/はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師免許証

はじめまして。OKはり灸マッサージ院長の大門信一郎(おおかどしんいちろう)と申します。

出身は愛知県名古屋市ですが、あちらこちらと流れ流れて、妻の実家のある岡山県津山市で治療院を開院しました。

学生生活を経て、どのような経緯で治療院開院に至ったか自己紹介を兼ねてご紹介します。

院長プロフィール

1971年1月4日 名古屋市生まれ
1989年3月 愛知県立瑞陵高校卒業
 1994年3月  高知大学人文学部哲学科卒業
 ~名古屋市にて、フリーター・会社員(流通業)生活を送る
 2001年4月  四国医療専門学校鍼灸マッサージ科入学
 在学中、香川県丸亀市の接骨院にて修行
 2004年3月  四国医療専門学校鍼灸マッサージ科卒業
 2004年4月  西山脳神経外科病院(香川県坂出市)入職

  • リハビリテーション科勤務
  • 病院附属鍼灸マッサージ治療院、病院附属デイケアセンター兼務(~2010年8月)
 2010年10月  小林内科診療所(岡山市)入職
小林内科診療所附属 天成鍼灸治療院勤務(~2013年10月)
2013年11月25日 OKはり灸マッサージ 開院

治療院開院に至るストーリー

絶好調だった学生時代

高校卒業までは名古屋市で過ごした後、日本文学に興味があった私は、高知大学文学科に入学するため、生まれて初めて名古屋を離れ、南国土佐は高知市に移り住みました。

時は昭和から平成に変わったばかりで、ここでまじめに四年間、日本文学の勉強をするつもりでしたが、初めての一人暮らし、青春真っ只中の私は、高知という素晴らしく開放的な土地に来たことも相まって、日本文学の勉強などどこへやら、全国あちらこちらから集結した素晴らしい仲間たちと、酒、パチンコ、バイク、音楽、ドライブと、学校へもいかず、ひたすらに遊びとバイトに徹し、本当に楽しい時間を過ごしました。

この頃は、今のように携帯電話もなく、高知にはコンビニ一つない状態でしたが、暇だと思ったことは全くありませんでした。

そんな、まるで浦島太郎が竜宮城で過ごしたような束の間の夢物語のような青春の日々も、当然終わりの日が来ました。(二年間留年したもののなんとか卒業できました。)

大学時代はひたすら遊ぶことに夢中で、将来何を仕事として生きていくかという明確なビジョンが全くありませんでした。

大学卒業後はとりあえず名古屋へ帰り、高知へ行ってから始めたギターでなんとか飯をくえないかともがいたものの、限界を悟り、ペット用品・園芸用品を扱う問屋に営業兼配送として就職し、やっとこさ社会人生活をスタートさせました。

激務に追われた社会人生活

当然社会人生活は、学生時代、フリーター時代とは異なり、厳しいものです。
この会社でも周りの同僚に恵まれたため、楽しい日々ではあったのですが、扱う商品の重量は重く、毎日毎日3.5tトラック一杯の商品をを手積みで積み降ろしする作業に従事し、しかもその上、メーカー、小売りとの商談もこなし、身体も精神もフル回転の日常を送りました。

「社会人として一人前になりたい」という思いと、若さと、自慢の体力で、何とか日々の激務をこなしていました。

生まれてこのかた、体力と精神力には自信のある方で、これといった不調を感じたこともなく生きてきた私でしたが、徐々に、今までに経験したことのない身体的違和感を感じるようになっていきました。

毎日遅くに帰って寝て起きたらまたすぐ仕事の生活でしたが、次第に寝ても次の日に疲れを残すようになっていきました。

それでも、負けず嫌いな私は、なにくそ、と日々の業務をこなしました。
今から思えば、もう身体はSOSを出していたのですが、なにゆえ体力には自信があったので、私はそれを無視しつづけました。

そして、ついに、運命の日は来ました。

生まれて初めて感じた身体の異変

いつものようにトラックの荷台の上で重い商品の積み降ろし作業中、「バキン!!!」と後ろ頭に凄い衝撃が走り、その直後から、今まで感じたことのない頭痛・吐き気・めまいに襲われました。

自分の身体に何か重大なことが起こったことは直感したのですが、それでも我慢して作業を続け会社に帰りました。
会社へ戻ってからも、これらの症状は全く治まる気配をみせず、さすがの私も、会議中でしたが早退しました。

普通の人であれば、ここで病院に行くのでしょうが、身体の不調というものに縁のなかった私は、大の医者嫌いということも相まって、がまんして一切病院に行くことはしませんでした。

この日を境に、自分の身体は、今までの自分の身体ではなくなってしまいました。

一言で言うと、

「今までのようにがんばりたくてもがんばれない」

状態になってしまいました。

今振り返ると、この時の状態は、上部頸椎捻挫、いわゆるムチウチで、脳幹性に自律神経機能障害をきたすバレーリュー症候群、もしくは、外傷性頸部症候群であると自己診断できるのですが、当時は、何がなんやらさっぱりわからず、これはえらいことになったな、と思いながらも、それでも病院へ行くことはせず、仕事を休むこともしませんでした。

しかし、今までのように働くことはできず、出先でトラックの運転席で横になって休むことが多くなりました。

そのうち、疲労感、動悸、胃もたれ、食欲不振、ふらつきが起き始め、ついにはパニック発作=自分はこのまま死んでしまうのではないかという恐怖に襲われるようになりました。

そして、ついに、ある朝、出社したくても身体がどうしても動かず出社できない状態に陥りました。
会社に欠勤の電話を入れ、その日は休みました。
次の日も、その次の日も会社へ行くことはできませんでした。
元気な時はあんなにバリバリ働いていたのに・・・。

ここで、ついに見かねた会社の常務さんが、この期に及んでまだ病院へ行くのを拒む私を引っ張り出して、近くの大きな大学病院へ連れていきました。

「あーいやだ、これで何か重大な悪いことを医者から宣告される」と医者嫌いの私はおじけづいていました。

が、不思議なことに、身体中あちこち検査しても何も異常が見つからないのです。

「こんなにつらいのにそんなばかなことがあるか」

と思いました。

自分なりに考え、「ではこれはストレスによる精神病か?では精神科を紹介してもらおう。とにかく診断を早く下してもらい今のつらい状態を少しでも楽にしてくれ」と医者に訴えると、その必要もないという。

「一体俺はなんの病気でどこが悪くてどうしたら楽になるんだ?」

結局一か月休職し、処方された抗うつ剤と安定剤を服用しました。
担当医は、当時の社長のかかりつけ医の消化器外科の教授さんだったのですが、今から考えてもトータル的なよい治療をしてくれたと思っています。

さて、一か月休職し、症状も一定の改善をみせはしたもののすっきり治ったという感じはせず、やっぱり元の自分の身体ではなくなってしまったという感覚は続いていました。

人生観の変化

何とか復職はしたものの、自分のこの得体のしれない症状は一体なんなのか?大病院で検査してもどこも異常がないということはどういうことか?
今まで健康体であることが当たり前で、そのことに対して感謝したことなど全くなかった私でしたが、自分が身体を壊して初めて、

「健康こそ人生の大前提」

「健康こそ最大の幸福」

と考えるようになり、

「何か人の健康に役立つ仕事がしたい」

と考えるようになりました。
心の奥底では、自分の不調は一体どういうことなのかを解明したい。
どうにかして治す方法を見つけたい。
という思いがあったのでしょう。

そして、たどりついたのが、はり灸マッサージ師になる、という選択でした。

やれることは微力でも、自分の施術によって気持ちがいいと喜んでもらえるだけでも自分が幸せを感じることができそうだと思えたのです。

同時に、いつか自分で自分を治せるようになりたい。
たとえ完治しなくともすこしでも楽に生活ができるようになりたい。
とも考えました。

治療家として新たなスタート

マッサージの専門学校では、はっきり言って実際の臨床の役に立つことはほとんど教えてもらえませんでした。

これは全国的にどこの学校でも同じ状況のようです。

卒業後の進路については明確なビジョンがありました。
学校で、これといって臨床で役立つことを教えてもらえない以上、独学で一人前になること。
そのためには、医療機関に勤務し、現代医学の実状、適応と限界を肌で感じようと決めました。

自分が身体を壊しても、現代医学でこれといった決め手の治療がないことはすでに分かってはいましたが、自分がそこに所属することで、さらに現状を見極め、それにより、東洋医学など、その他の療法の適応と限界をも見極めようと目指しました。

約10年にわたる医療機関併設の治療院での勤務経験から学んだこと

こうした経験を約10年経験して、現代医学が万能ではないことはよくわかりましたし、しかし、同時に、そこに関わっている人たちの熱意、情熱、厳しさ、レベルの高さなども肌で感じ取ることができました。
臨床では、独学で、患者さんを先生にして経験値を上げていきました。
そのおかげで、いろいろなことを学ばせていただきました。

もちろん、東洋医学などの、現代医学以外のアプローチも決して万能ではない。

ただし、現代医学では打つ手がない人や症状も、東洋医学などのその他のアプローチ方法で改善せる症例を多く経験し、また、現代医学の治療に補助的にその他のアプローチ方法を使うことも有効な場合があることもわかりました。

そのためには、現代医学だけ、東洋医学だけ、はりだけ、灸だけ、マッサージだけ、という限られた思考・アプローチだけで対応するには限界が狭く、
人間というものをもっといろいろな角度から広い視野でみて、いろいろなアプローチ方法で対応する必要があることもわかりました。

木を見て、なおかつ森を見る

マクロからミクロへ、
そしてまたミクロからマクロへ行ったり来たりできる視野

現代医学的手法
東洋医学的手法
整体医学的手法
さらにその他の様々なアプローチ方法

どれも完璧なものはないし、何をやっても治らないものは治らないこともたくさんあることもわかりました。

ただ、たとえ治らなくても、どんな状態でも少しでも楽にする方法は探せばある可能性があることもわかりました。

さらに言えば、良くなるのも悪くなるのも結局は自分次第、ということも最近わかってきました。
例えば、日頃の身体の使い方、日常の出来事に対する受け止め方などが、心身の好不調に影響を与えていると感じます。

自分自身が体験したからこそ皆様に伝えたいこと

私自信の話に戻りますが、正直未だに絶好調だったころの身体に完全に戻っているわけではありません。

私自身、自分で自分に、はりや灸をすることが日課になっています。
それをすることで確実に一日が過ごしやすくなることを実感しています。
少なくとも少しでも楽になる方法が存在しているということは、かなり心の支えになることです。

ただし、自分で自分の身体の声に耳を傾けて自分自身で自分をいたわってあげなければ、どんなにいい治療を受けたとしても、良い状態を維持することは難しいでしょう。

私は、自分自身の身体の声を無視し続けて結局身体を壊しました。

「忙しい現代人は、多少疲れているのは当たり前」
「体調がよくなくても、がんばり続けることは日本人の美徳で弱音など吐くべきではない」

今の世の中、自分自身の身体の声に構っていられない方は多いと思います。

忙しい現代社会だからこそ、しっかりと自分自身の身体の声に耳を傾けてしっかり自分をいたわってあげる必要があると私は思います。

自分自身の身体の不調を「当たり前」と思って放っておかないで、早め早めに対処されることをお勧めいたします。

当院がそのお手伝いをできるならば、私にとってこれ以上の喜びはありません。

まったくもって、人生は楽しむためにあります。
身体を壊してまで頑張り続けるという価値観は捨てた方が良いと私は考えます。

まだまだ未熟者で完全にご期待に添えないこともあるかとは思いますが、自分のできる範囲で日々精進し、少しでも皆様のお役にたつことができるようにがんばりますので、
どうぞよろしくお願い申し上げます。

OKはり灸マッサージ

院長   大門 信一郎

 

 

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院長 大門信一郎

岡山県津山市 OKはり灸マッサージ院長。 はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師の国家資格有。 体のゆがみと自律神経を整える鍼灸師。 鍼灸治療の他、痛くない整体や、心地よい力加減のマッサージも好評です。 なかなか良くならない症状にお悩みの方の力になれれば幸いです。

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最終更新日:2018/08/10
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